大阪地方裁判所 平成3年(ワ)2487号 判決 1992年6月30日
原告
近畿交通共済協同組合
被告
千代田火災海上保険株式会社
ほか一名
主文
一 被告千代田火災海上保険株式会社は原告に対し、金一九八万八一〇六円及びこれに対する昭和六三年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告自動車保険料率算定会に対する請求、被告千代田火災海上保険株式会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用のうち、原告と被告千代田火災海上保険株式会社との間に生じたものは、これを七分し、その六を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告と被告自動車保険料率算定会との間に生じたものは、原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
一 主文一項と同じ。
二 被告らは連帯して原告に対し、金四六万六〇〇〇円及びこれに対する被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田火災」という。)につき平成三年四月一二日から、被告自動車保険料率算定会(以下「被告算定会」という。)につき同月一七からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自動車共済事業を営む原告が
1 共済契約者が発生させた交通人身事故について、右共済契約者に共済金を支払つたとして、自賠責保険会社である被告千代田火災を相手方として
(一) 自賠法一五条、または保険代位(商法六六二条)の適用、あるいは準用、損害賠償者の代位(民法四二二条)、弁済者の代位(同法四九九条、五〇〇条)の適用、あるいは準用、類推適用
(二) 原告が、共済契約者の自賠責保険会社に対する保険金請求権を共済契約者から譲り受けたこと
のいずれかを理由として、自賠責保険金の支払を
2 被告千代田火災が、原告の右自賠責保険金の支払請求に応じず、被告算定会が右不払を被告千代田火災に指導したことから、原告がやむを得ず弁護士に依頼して本訴を提起せざるを得なくなつたことが、不法行為(民法七一九条)に該当するとして、被告らを相手方として弁護士費用相当額の損害賠償を
それぞれ請求したものである。
一 争いのない事実
1 原告は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された組合である。
2 被告千代田火災は、昭和五一年七月一二日、生野運送株式会社(以下「生野運送」という。)との間で、同会社の保有する自動車について、自賠責保険契約(以下「本件自賠責保険契約」という。)を締結した。
3 被告算定会は、損害保険料率算出団体に関する法律に基づいて設立された法人で、公正な保険料率の算出を目的とするが、交通事故の被害者に後遺障害が残つた場合、自賠法、同法施行令に定める後遺障害の等級を認定し、さらに保険金もしくは損害賠償金の支払に関して支払の是非を決定し、これによつて保険会社を指導している。
4 生野運送の保有する右自動車は、昭和五二年四月三〇日に交通事故を起こし、由井由春と由井治子に傷害を負わせた。
5 生野運送が原告(反訴被告)、由井由春、由井治子が被告(反訴原告)となつた訴訟(当裁判所昭和五六年(ワ)第一八六六号債務不存在確認本訴請求事件、同年(ワ)第七三〇七号損害賠償反訴請求事件)が提起され、昭和六一年九月二九日、当裁判所は、「原告生野運送は、被告由井由春に対し金八二万七〇九九円、被告由井治子に対し金四七万九九二四円及び右各金員に対する昭和五二年四月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を言い渡し、同判決は確定した(以下、これを「本件確定判決」という。)。
6 生野運送は、昭和六二年一〇月一日、大阪法務局に対し、被供託者を由井由春として供託金一二五万八〇九六円(元本八二万七〇九九円及び右金員に対する昭和五二年四月三〇日から昭和六二年一〇月一日までの年五分の割合による金員四三万九九七円の合計)、被供託者を由井治子として供託金七三万一〇円(元本四七万九九二四円及び右金員に対する昭和五二年四月三〇日から昭和六二年一〇月一日までの年五分の割合による金員二五万八六円の合計)をそれぞれ供託した(以下「本件供託」という。)。
7 原告は、生野運送に対し、昭和六二年一〇月三日、一九八万八一〇六円を支払つた。
8 原告は、被告千代田火災に対し、昭和六三年二月一九日付で自賠責保険金を請求したところ、同年九月一日ころ、被告らは協議のうえ、由井両名について後遺障害診断書がないので、後遺障害の等級認定ができないとの理由で保険金の支払を拒む旨の回答をした。そこで、原告は、等級については司法判断があることを理由に、昭和六三年九月六日付で異議申立をしたところ、被告らは、保険金の支払を拒んだ。原告は、その後も、同年一二月九日付、平成二年一〇月三〇日付で異議申立をしたが、現在まで右保険金の支払がない。
9 生野運送は、同会社が被告千代田火災に対して有する自賠責保険金の請求権を原告に譲渡し、原告はこれを譲り受けた。そして、生野運送は、平成四年一月八日付内容証明郵便で、同被告に右債権譲渡の通知をし、右郵便は、同月一〇日、同被告に到達した。
二 争点
1 生野運送が行つた本件供託が、自賠法一五条における、被保険者の被害者に対する「支払」に該当するか。
2 前記1が認められるとして、自賠法一五条、保険代位(商法六六二条)の適用、準用、損害賠償者の代位(民法四二二条)、弁済者の代位(同法四九九条、五〇〇条)の適用、準用、類推適用により、あるいは原告が生野運送から、同会社の被告千代田火災に対する自賠責保険金請求権を譲り受けたことにより、原告が同被告に対して、自賠責保険金を請求できるか。
3 原告が右自賠責保険金の支払を受けていないことについて、被告らが共同不法行為責任を負うか。
第三争点に対する判断
一 まず、本件自賠責保険契約の被保険者である生野運送が行つた由井由春、由井治子に対する本件供託が、自賠法一五条における、被害者に対する「支払」に該当するか否かについて判断する。
生野運送は、本件確定判決に基づき、昭和六二年一〇月一日、右判決主文記載の元金及び遅延損害金を由井両名に提供したが、いずれも受領を拒否されたため、民法四九四条による本件供託をしたことが認められる(甲一二、一三、弁論の全趣旨)。
ところで、自賠法一五条が、自賠責保険の被保険者が先に被害者に損害賠償をしないと保険金を請求できない旨を規定しているのは、被害者に損害賠償金が支払われる以前に保険金を支払うと、被保険者がその保険金を被害者に支払わずに着服する危険があるので、被害者を保護する見地から、被保険者の損害賠償金支払の先履行を要求しているものと解される。このような見地からすると、本件は、被害者である由井両名が、本件確定判決に基づく正当な損害賠償金の提供を受けながら、その受領を拒否したものであるから、同条の保護の対象者である被害者自らが、その利益を放棄しているものと解される。また、本件では、被保険者である生野運送が本件供託をすることによつて、生野運送の被害者らに対する損害賠償債務は消滅したことになる(民法四九四条)ことをも併せ考慮すると、本件供託によつて、被保険者である生野運送は、自賠責保険会社である被告千代田火災に対し、自賠法一五条に基づく保険金請求権を取得したと解するのが相当である。なお、この点につき、被告らは、供託については、供託物の取り戻しによつて初めから供託をしなかつたものとみなされる旨規定されている(民法四九六条一項)ことから、自賠法一五条の前記「支払」は供託を含まないというべきであり、このように解することが、被保険者団体全体の利益に合致すると主張する。たしかに、供託物の取り戻しによつて本件供託の効果が遡及的に消滅することは、被告ら主張のとおりであるが、本来、自賠法一五条は、前記のとおり被害者保護のための規定であるうえ、被告らの主張を前提とすると、本件のように、被害者が確定判決に基づく正当な損害賠償金の提供を受けながら、その受領を拒否するという被保険者側の責任とは無関係の事情のために、被保険者が損害賠償金を供託しても、供託金取戻請求権が一〇年間の消滅時効によつて確定するまでの間、被保険者が自賠責保険金を請求できないことになるが、これは、被保険者に酷な結果となり、不合理であるといわなければならない。
そうすると、生野運送は、本件供託によつて被告千代田火災に対する自賠責保険金請求権を取得し、その後、原告が右請求権を譲り受けた(右債権譲渡については、争いがない。)のであるから、原告の同被告に対する本件自賠責保険金請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がある。
二 次に、原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求について判断する。
原告は、被告千代田火災に対して本件保険金の請求をしたが、同被告は、被告算定会と協議のうえ、昭和六三年一一月一一日付、平成元年一〇月四日付、平成三年一月二二日付で、いずれも本件供託によつては、自賠法一五条の保険金請求に応じられない旨の返答をし、原告は右保険金の支払を受けられないため、本訴訴訟を提起したことが認められる(甲九、一四、一六、弁論の全趣旨)。
ところで、被告千代田火災が原告からの自賠法一五条による保険金請求を拒否したのは、民法四九四条に基づく供託の効果が供託物の取り戻しによつて遡及的に消滅することを考慮したためであり、しかも、本件のように、被害者が確定判決に基づく損害賠償金の受領を拒否したため、被保険者が損害賠償金を供託をした場合に、自賠責保険会社が被保険者に対して保険金を支払うとの保険実務における慣行、取扱等が存在していたことを窺わせるに足りる証拠はないことをも併せ考慮すると、自賠責保険金の支払を拒否した被告らの行為が、不法行為に該当するとまで評価するのは相当でない。そうすると、原告の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
三 以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告千代田火災に対する請求は、自賠責保険金一九八万八一〇六円と同被告が右保険金を支払うことが可能であつた以降の日である昭和六三年九月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、被告算定会に対する請求は、理由がない。
(裁判官 安原清蔵)